安カ川大樹
Voyage
2010年8月11日  ¥2.500.-  DMCD-09

1 . Nuovo Cinema Paradiso
2 . Solar
3 . Voyage
4 . I Can't Get Started
5 . Improvisation
6 . Bye Bye Blackbird
7 . In A Sentimental Mood
8 . All Blues
9 . Body & Soul
10 . Someday My Prince Will Come
11 . Amazing Grace
12 . God Bless The Child

 

また、ライナーを頼まれてしまった。ライナーは苦手なので、そういうものとは無縁に暮らしていたいと常々思っている。しかし今回は安ヵ川氏本人から直々の依頼ということもあり、断るに断れずお引き受けしたという訳だ。ダイキムジカはディスクユニオンを介して日本全国津々浦々のレコード店に流通されており、そこのジャズ担当者であるボクを指名してきた、という意味ではない。古くからの、安ヵ川氏がプロになる前からの知り合いであるところのボクに、たまには「何か書いて欲しいな」という気持ちなんだろうと察する。
ボクが安ヵ川氏と出会ったのはもう25年くらい前だ。記憶が曖昧ではあるが、ボクがバイトしていた明大前のマイルスに毎日のように、入り浸っていた。その当時最も入り浸っていたのは、レピッシュの故上田現氏でもあったが、安っさんの記憶も鮮明だ。トランペットをやっていた源ちゃんというのがおり、その彼の紹介で明治大学ビッグ・サウンズ・ソサイェティー・オーケストラに入部したようだ。最初はトランペットを希望したが、その後ベースに転向した。確か沖縄料理店「宮古」でバイトしていたと記憶するが、昼夜問わずの猛特訓を重ね、4年時に山野のコンテストで「最優秀賞」を受賞した。その当時山野で活躍した人には、85年三村慎司(元スイングジャーナル副編集長)、86年近藤和彦、守屋純子、90年谷口英治などの名前がある。そのまま、プロとなり活動の場を広めていくのかと思いきや、彼は某大企業に就職、山梨へ引っ越した。意外だった。しかしその後、数年もしないうちに東京に舞い戻り、プロ活動を始めたのだった。そこからは、飛ぶ鳥を落とす勢いで、あっと言う間に現在に至り、日本トップクラスのジャズ・ベース・プレイヤーとして君臨している訳だ。
ボクは、このカザリーニという楽器のことは知らない。1924年イタリア製というから、察するに恐ろしく名器なんだろう。音も深い。長年の相棒である、この楽器があったからこそ、ベースだけのソロ作品を作ろうと思ったに違いない(たぶん)。しかしベース一本こっきりで一枚の作品を完成させるというのは勇気がいることだと思うが、彼の25年に及ぶキャリアと自信が、何も臆することなくこの作品を推進させる原動力になったハズだ。かつてミンガスもレイ・ブラウンもポール・チェンバースもダグ・ワトキンスも成し遂げていない。そこに挑戦することはベース奏者としての夢なのかしもれない。
しかしながら、このイタリアの名器を使用してのソロ作品の一曲目に「Nuovo Cinema Paradiso」を持ってきたのは、この作品にとって成功だ。1989年カンヌ映画祭でグランプリを受賞した名画のテーマ曲。イタリアの近代映画史に燦然と輝く名画、その音楽はエンニオ・モリコーネ。深いベースソロの世界に静かに厳かに惹きこまれてゆく。時間を選ばない。深夜であれば尚感情は高まるが、何、昼日中でも構わないさ。事実、さぞかしプールサイドが似つかわしい、夏の休日の午後、ボクはひたすらこのサウンドに陶酔しているのだから。なので、ベースソロの世界に接したことがない人が、初めてその世界の快楽を知ってしまうのがこの作品であるのだ。マイルスの「Solar」、この力強さはどうだ。4人とか5人かかりでアドリブやソロの応酬で作り上げるカルテットやクインテット演奏にも匹敵、あるいは凌駕するような様々なことを安ヵ川は行っている。ベースのことは良く知っている訳ではないが、そんな印象を受けるのだ。タイトル曲の「Voyage」は、ケニー・バロンのそれではなくて、オリジナル曲だ。全編弓弾き、アルコによる演奏だ。或る意味、ここに安ヵ川音楽のなんたるかという集大成が込められている楽曲のひとつ。バロック音楽でも聴いているような荘厳さ、垣間見える美しいメロディー、素晴らしいじゃないか。
全曲を何度も繰り返し聴いた後、霧消に「ニュー・シネマ・パラダイス」が観たくなった。(山本隆)