Scene of Jazz
Night and Day
2010年12月22日  ¥2.500.-  DMCD-11

1. Good Morning Heartache(Ervin Drake/ Dan Fisher/ Irene Higginbotham)
2. Softly ,As In A Morning Sunrise(Sigmund Romberg) ♪
3. Morning(Claire Fischer)
4. Day Dream(Duke Ellington/ Billy Strayhorn)
5. Afternoon In Paris(John Lewis)
6. Night and Day(Cole Porter)
7. A Lovely Way To Spend An Evening (Jimmy McHugh)
8. The Way You Look Tonight(Jerome Kern)
9. The Night We Called It A Day(Matt Dennis)
10. Round About Midnight(Thelonious Monk)

 

「企画物」という響きにある種の胡散臭さを覚えるのは、おそらく僕だけではあるまい。

ジャズのジャーナリズムやマーケットにおいてこの言葉が使われはじめたのがいつなのか定かではないが、そういう作品の在りようが一般的になったのが1980年代末のバブル経済期だったことはおそらくまちがいないだろう。

なんとなくおしゃれなテーマを設定して、そのテーマに合ったスタンダード・ナンバーを、知的な雰囲気のあるピアノ・トリオで提供するそういう企画物アルバムは、たしかにあの時期飛ぶように売れたが、しかし一方で「とりあえずトリオでスタンダードやっときゃいいんだろ」的な、破綻はないがなんの志しも感じられないまがい物も氾濫させた。結果、「企画物=セールス狙いの二流品。だから眉に唾をつけてきけ」という先入観が生まれることになったわけだ。

 

 

だが、もちろん企画物という発想自体はけっして悪いわけではない。音楽に真の力があれば、 それは、入門的な意味でも、あるいは演奏家の可能性を広げる意味でも、非常に有効な切り口となり得るはずだ。たとえば、この「シーン・オブ・ジャズ」の音楽。

 

 

シーン・オブ・ジャズは2006年、大坂昌彦、石井彰、安ヵ川大樹という現代J-ジャズ・シーンの

トップ・ミュージシャンによって結成されたトリオ・ユニットである。そのコンセプトをひと言でいうと、「日常のさまざまなシーンをジャズ・スタンダードで表現する」ということになるだろうか。

デビュー作『セント・オブ・サマー』からの4枚は、『エコーズ・オブ・オータム』(秋)、『カラーズ・オブ・ウインター』(冬)、『ブリーズ・オブ・スプリング』(春)と四季折々の風景をスタンダードにリンクさせ(アルバムのリリースもそれぞれの季節に合わせてのものだった!)、季節が一巡した5作目の『デライト・オブ・シーズン』では、彼らは花鳥風月にちなんだナンバーによってアルバムを構成してみせた。

 

そういうコンセプトは、表面的に見ればまさに企画物以外のなにものでもなく、正直そのインフォメーションを最初に受け取った時、僕は「なぜこれほど実力のある人たちが、いかにも売れ線狙いのこんな企画に手を染めるのだろうか」と訝しく思ったものだ。だが、実際にその音楽を耳にした途端、そういう思いは雲散霧消した。なぜならそこには、一般にイメージされる企画物とはまったく趣を異にする、生々しく真摯な「ジャズ」が収められていたからだ。

 

いや、「音楽を耳にした途端」というのは正しくない。というのも、彼らはそこで鬼面人を驚かすようなアプローチを繰り広げていたわけではないのだから。もちろんその演奏は常套に陥らない創造性にあふれていたし、曲によっては斬新と呼んでもさしつかえないような解釈がなされていたりもした。けれど、だからといってそこにはきき手をおきざりにしたり仰天させるような難解さは微塵もなく、音楽はきき手に寄り添い、その気になればBGMとしてきき流すこともできる平易ささえ有していた。ゆえに、僕も最初は「演奏の質はきわめて高いけれど、特に目新しいところはないなあ」と感じたのだった。

 

しかしCDをきき進めていくうちに、実はその「特に目新しくないところ」こそが、このユニットの眼目ではないかという思いが頭をもたげてきた。表向きの派手さ、新しさではなく、純粋に音楽的な内実で勝負するそれが彼らの企図ではないのか、と。



いうまでもないことだが、ジャズが進化する駆動力は、つねに「新しい方法論や表現を開拓すること」にあった。チャーリー・パーカーもマイルス・デイビスもジョン・コルトレーンも、皆その生涯をかけて誰も鳴らしたことのない音階を求め続けた。その営々たる積み重ねがなければ、ジャズという芸術の姿が、今とはおよそ異なるものになっていたことはまちがいない。
しかし、そんな「新しさを求める宿命」は、他方で、表現が「新しさのためだけの新しさ」をめざした空虚なものに陥ってしまう危険性も多分に含んでいる。ジャズ表現の手法があらかた出尽くしてしまった感のある現代では、それはなおさらだ。そういう意味では、現代を生きるミュージシャンたちは、新しさの追求と、自発的表現欲求の発露のバランスをいかに取るかという困難な命題を突きつけられ続けているといっていいだろう。

大坂、石井、安ヵ川の3人も、無論例外ではない。それどころか、アフター・ウイントン世代の――すなわちビバップ~モードというジャズの伝統的スタイルを表現の鋳型として保持しようとしてきた彼らだからこそ、その鋳型の中でのアプローチの新しさということについては誰よりも敏感かつ積極的に取り組んできたはずだ(彼らの多彩きわまりない活動の数々がそのことを証明していよう)。
そんな営為の中で立ちあらわれた一見逆説的な方法論、それがシーン・オブ・ジャズの音楽ではなかったか。あえて企画物的な枠組みを設定し、王道的なアプローチを試みる行き方。それはオーソドックスなだけに(加えて企画物に特有の匿名性を帯びるがために)、きき手に十分な納得感を与えることはかんたんではないが、ジャズ演奏の原点ともいえるその行き方で成果を上げてこそまた新たな地平が拓ける彼らはそう考えたのではないか。そういう意味では、シーン・オブ・ジャズの音楽は(村上春樹の言葉を借りるならば)、命題に対する解答ではなく、1つの「回答」なのだと思う。



本作はそんなシーン・オブ・ジャズの6作目となるアルバムである。『ナイト&デイ』というタイトルが示すとおり、今回のテーマは「1日の時の流れ」。夜明けから真夜中までの時の経過が、おなじみのスタンダード・ナンバーによって綴られていく。また前作『デライト・オブ・シーズン』は、たなかりかのボーカルをフィーチャーしたライブ・レコーディングだったが、今回はトリオでのスタジオ録音という、いわば出発点に立ち戻ったシチュエーション。それだけに彼ら3人の、より深化したコラボレーションが、明確に、じっくりと、味わえることとなった。
では具体的にはそれがどういうものか。以下、それぞれの曲と演奏について記しておこう。

グッド・モーニング・ハートエイク
アイリーン・ヒギンボサム、アービン・ドレイク、ダン・フィッシャーの3者が共作したナンバーで、ビリー・ホリデイの名唱が有名。ここでは、朝のまどろみのようなテンポの中で、響きの11つをたしかめるかのような石井の美しいピアノが印象的だ。

ソフトリー・アズ・イン・ア・モーニング・サンライズ
オスカー・ハマースタイン世&ジグムンド・ローンバーグのチームが書いたあまりにも有名なスタンダード。テーマ直後、見事なブレイクからソング・ライクなソロになだれこむベース。そこに乗せて熱を帯びたアドリブを展開するピアノ。ブラシだけで雄弁この上ないソロを披露するドラム。これぞまさに王道と呼ぶべきトリオ・パフォーマンスだ。

モーニング
エバンス派ピアニストの第一世代、クレア・フィッシャーの手になるオリジナル。原曲の持つキャッチーなフィーリングを活かしながらも、音楽が軽い方向に流れないのはさすがだ。後半にきかれる、短いが張りのある大坂のドラム・ソロがスパイスとなり、演奏をグッと引き締めている。

デイ・ドリーム
エリントンの片腕だったビリー・ストレイホーンの代表作。通常はバラードで演奏されることが多いが、ここでは躍動的なワルツのリズムが採用されている。ベース・ソロのあと、3者が同時に動いていくインタープレイ的な展開になるところが刺激的だ。

アフタヌーン・イン・パリ
ピアニストでMJQの音楽監督だったジョン・ルイスのオリジナル。イントロでピアノが対位法的な動きを見せる以外は、一見なんの仕掛けもないストレートなパフォーマンスだが、そこに表出するこの上ない快適さは、良いテンポとそれに則した最適なスイングさえあればジャズ演奏は8割方成功したもおなじ、ということの証左といえよう。

ナイト・アンド・デイ
どこかモダンな、それでいて気品を感じさせるコール・ポーターの名曲。なんとここでは、全編ルバートの濃密なインタープレイによる演奏が繰り広げられる。それでも音楽が冗長にならず、破綻もしないのは、メンバー同士の信頼関係の賜物だろう。

ラブリー・ウェイ・トゥ・スペンド・ア・イブニング
ジミー・マクヒューがフランク・シナトラ主演の映画のために書いたバラードだが、この3人は原曲に輪をかけて、まるで時が止まるがごときスロー・テンポで演奏する。とりわけ素晴らしいのが、滴り落ちるような抒情を湛えた石井のピアノ。これは、良い意味での日本人的湿度感を持った名演といえよう。

ザ・ウェイ・ユー・ルック・トゥナイト
ジェローム・カーン作の有名スタンダード。超ハイ・テンポの演奏は、まるで自分たちの能力の限界に挑むかのよう。たしかに無傷ではないが、この人たちのジャズ衝動の強さが露わになった快演である。

ザ・ナイト・ウィ・コールド・イット・ア・デイ
作曲家兼シンガーだったマット・デニスが書いたナンバー。安ヵ川のベースがフィーチャーされたトラックで、深々とした音色のボーイングと、歌がたっぷりとつまったピチカートのソロが、このベース奏者の並々ならぬ実力とセンスを示している。

ラウンド・アバウト・ミッドナイト
いわずと知れたセロニアス・モンクの大名曲。テーマの提示なしに突然ミディアム・テンポのアドリブではじまる「活動的な真夜中」はジャズマンならでは、か。4バースをはさんだのちようやくテーマがあらわれる頃は、時すでに朝方
(20101121日 藤本史昭)