福冨 博
RINGS OF SATURN
2010年1月16日  ¥2.500.-  DMCD-04

 1. RINGS OF SATURN

2. LOST AND FOUND   
3. LOTUS
4. SAKASAMA-NO-TOKEI
5. THE PLACE WE HAD
6. NEW MOON
7. CHASING

 

優れたジャズのギタリストには、職人的気質が少なからず宿っているように思えてならない。
その卓越した演奏技量だけに限ったことではない。雰囲気や佇まいまでもが、他のジャンルのギタリストからはなかなか嗅ぎ取ることのできない、独特の匂いだ。福冨博にはその匂いがする。デビュー作品なのに、1曲をのぞいてすべて自ら手掛けたオリジナル曲で勝負するという男気。しかも、その1曲も安易にスタンダードを選ぶのではなく、メンバーのサックス奏者、山本昌広のナンバーという徹底ぶりなのだ。あっ晴れなまでのストイックさ。それもそのはず、どの曲も、ついつい口笛を吹きたくなるほどの美メロがオンパレードなのだ。この誤魔化しのきかないクインテット編成が奏でるスリリング感とリラックス感が同居する魅力的なサウンド。ギターとソプラノ、アルトサックス、ピアノとサックスのバランスと統一されたれた重奏が圧巻。厳格に同じ音あるいは同じ旋律を奏でるユニゾンの見事さには目を見張るものがある。アンサンブルここに極まりといった感じだ。日本料亭の会席料理というか、色とりどりの炊き込みご飯や薄口醤油で仕上げられた煮物のように、見た目(ぱっと聴いた感じ)に美しく、繊細さが感じられる。楽器の音一つ一つが丁寧に編みこまれたあじろのように、きちっと調和がとれている。このアルバムの7曲いずれの曲も滑らかかつ人肌の温もりを湛えていて耳に優しく、5人の息の合った演奏があますところなく、その独特の匂いがしみ込んだ曲の良さを引き出している。

1.Rings of Saturn
オープニング・チューンはCDのタイトルにもなっている"土星の環"は、アルバムを象徴するような透明感のある優美なナンバー。端正なギターに雄々しいベース。心地よさと刺激。複雑で難しいことを、いとも簡単にやってのける5人のまとまりがお見事。
作曲した福冨によると、色んな物が混じりあって出来ているこの世界も、遠くから見れば"土星の環"のように一つに見えるのかもしれないとのことだ。それがこの曲のタイトルの由縁。
2.Lost and Found
どこか懐かしく、覚えやすいメロディー。直訳は"遺失物取扱所"だが、時代の忘れ物ということを聴いていると気づく。何でも手に入る時代だけど、実際、失ったものはあまりに多すぎる。忙しい世の中、せめて音楽だけは昔の輝きを取り戻してあげようといわんばかりに眩い。佐藤のピアノがスペーシーな展開がメリハリをつけていて面白い。
この曲について、福冨に教えてもらった。これは彼の実体験からとのこと。東京に来てすぐ、財布を落としたらしい。カードや免許証をなくしてしまった絶望のさなか、親切な人が拾ってくれて、何一つなくさずに手元に戻った時の安堵感を表現してみたとのこと。
3.Lotus
福冨のギターと池尻のベースの美しくも穏やかな導入。山本の心安らぐソプラノサックスが心地よい。ギターの音色がリコーダーの音のようにも聴こえ、よく歌っている。ギターの奥深さを感じさせる。Lotusは、仏の座る台座、すなわち"蓮華"。この静謐さを湛えた、悟りの境地といえばいいのか、煩悩の汚れなど微塵もない、清浄な、穏やかな曲。
福冨は、この曲を書いている最中に、花が開いていくような、あの神秘的な瞬間が見えた気がしたらしい。
4.Sakasama-no-Tokei
"さかさまの時計"を聴きながら、雑誌『Agora』(200911月号)をぱらぱらめくっていると、ライブ・ジャズ・イン・ニューヨークという特集があった。書き手は作家の村上春樹だ。冒頭を抜粋すると、「もしタイムマシーンがあって、それを一度だけ好きに使っていいと言われたら、あなたはどんなことをしたいですか?僕の答えは決まっている。1954年のニューヨークに飛んで、そこのジャズ・クラブでクリフォード・ブラウン=マックス・ローチ五重奏団のライブを聴いてみたい。それが僕の望むことだ。」と、ワクワクすることが書かいてあった。310秒過ぎたあたりの佐藤のピアノが誘う、タイムマシーンで過去に遡ったかのような、錯覚の世界。見事にシンクロしていた。
福冨曰く、タイトルは時間旅行を現している。曲自体が一つの物語のようになっていて、時代を旅するような感覚なんだと。うん。それにしても表現が巧みだ。
5.The Place We Had
そしてこの美しいナンバーに至る。曲の並びにも、なにかストーリーを感じる。山本の透明感溢れるソプラノサックスのあとの、池尻のベース・ソロが秀逸。影の主役。それにしても、凪の心境のような、心温まるスロー・ナンバー。
福冨に確認したところ、The Place We Hadに込められた意味は"秘密基地"とのこと。子供のころ、立ち入り禁止の看板とか柵が作られたりして、入れなくなって行き場を失うというのが子供の頃の思い出としてあるとのこと。僕にもある。だから理解できるし、すべからくみんな持っているんじゃないのかな。あのころ、親友と共有したあの場所。それにしても抜群なネーミングだ。
6.New Moon
なにか神秘的な曲名はについて、福冨曰く、"新月"は皆既日食で太陽が隠れるさまをイメージし、何かが起こる前兆のようなものが曲のモチーフになっているとのこと。福冨のギターには一切の迷いもなく潔い。柴田のドラムも佐藤のピアノも印象的。
7.Chasing
この曲だけサックスの山本の曲。もちろん収録候補曲としてレパートリーは豊富にもかかわらず、福冨みずから「山本昌広さんに録音させて下さいと頼んだ」とのこと。後半の、壮絶で丁々発止とした掛け合いが、激しく競うカー・チェイスを思わせる。なるほど、ラストを飾るに相応しいチューン。聴き終えたあと、さわやかな読後感にも似た爽快さがのこる。閉めにこれまでと変化をつけた曲を持ってきたことで、アルバム全体に深みが増している。このバランス感覚。さすが。

 

200911月 前泊正人)